グラミー受賞さえ、
功績の一部に過ぎない。
オリジナルアルバムでの1992年グラミー「ベストクワイアーゴスペルアルバム」賞
(*1)
や、数々の大賞
(*2)
の受賞は、確かに彼の偉業だ。
しかしそれが彼の全てでもなければ、最大の功績でもない。
彼と、彼が35年間率いて来た、誉れ高き
The Sounds Of Blackness
(SOB)。
スティービー・ワンダー
ルーサー・ヴァンドロス
クインシー・ジョーンズ
マイケル・ジャクソン
プリンス
アレサ・フランクリン
エルトン・ジョン
サンタナ・・
彼らがそのプロジェクトに参加して来たアーティストには、身震いするような名前が並び、オバマ大統領夫妻やジャネット・ジャクソンもSOBの大ファンであると公言する (*3)。
ハイクオリティーなクワイアーがゴスペル界には溢れる現在でさえ、このようなクワイアーは他に例を見ない。
アメリカの「ゴスペル音楽史」にではなく、「音楽史」に大きく名を残すクワイアーがたった一つあるとしたら、それは Sounds Of Blackness であろう。
「有名なゴスペルディレクター達の一人」ではなく、人が Gary Hines と Sounds Of Blackness にだけ惚れ込む理由がある。
注:多くのトップアーティスト達の作品はここでは公開出来ませんので、以下の記事にリンクしているYouTube動画はごく限られた資料となります。
「黒のサウンド」と名付けられたアート。
グラミー受賞のゴスペルさえ、包含するカテゴリの「一部」
ゲイリーが実に19歳の時から指揮して来た、大学のクワイアーに端を発するグループ、Sounds Of Blackness。レコード契約の為に、当時印象が良くないと指摘された「Blackness」の言葉をアーティスト名から外してくれ、というメジャーレーベルの要求にゲイリーは応じなかったと言う。
Gospel, R&B, Jazz, Blues, Spirituals(黒人霊歌), Rock, Hip-Hop, Soul、それが彼らの言う彼らのジャンル。これらのジャンルを一言で言表す言葉が、彼らのグループ名、The Sounds Of Blackness-黒のサウンド、という事になる。やっと黒人が法の下の平等を手に入れたばかりの激動の時代を駆け抜けて、メンバー達は黒人の尊厳と伝統のメッセンジャーである誇りの為に歌い続けたという。その彼らのサウンドに惚れ込み、グラミーアルバムの制作へと導いたのは、その時までにジャネット・ジャクソンを初のチャートトップへ押し上げていたプロデューサー達であった。
尚、この後ショービジネスのトップステージへ駆け上るSOBメンバーだが、グラミー受賞を経た時点でさえ馬の調教師、弁護士、軍人など、昼間の仕事を持ちながら活動を続けていたと言う。
無論、トップ「ゴスペル」アーティストでもある事。
彼らをゴスペルクワイアーとして見れば、特に日本においては奇妙な程にその知名度が高くない事は事実。他のゴスペルビッグネームの陰に隠れている印象があるが、日本のゴスペルクワイアーで好んで歌われる「Hallelujah」で、多くの人はその声を聞いているだろう。名だたるアーティストの参加で制作されたグラミー賞アルバム「Handel's Messiah: A Soulful Celebration」の最後を飾るこの一曲は、チャカ・カーン、アル・ジャロウ、ヴァネッサ・ウイリアムズ、Take 6らと共にThe Sounds Of Blacknessが歌っている。
日本のゴスペルファンにもお馴染みの年刊ヒットオムニバスWOW Gospel。その1998には、God Caresが収録されている。
ゴスペル曲を書いて歌えば、確かにヒットする。しかし、彼らはそこには留まらない。
- Hallelujah、於ステラ・アワード (※動画上の指揮者はゲイリーではない)。
- アメリカのゴスペル史に永遠に名を残すであろうこのアルバムの9曲目、「For Unto Us a Child is Born」は、ゲイリー・ハインズその人のプロデュースで、SOBの作品となっている。これが、彼がグラミーにからんだ2作目。
「ゴスペル音楽の最前線」ではない
「音楽の最前線」にいるのだ
トップアーティスト達との共演
前述の通り、SOBは多くのトップアーティストを支えて来た、いわゆる「ファーストコール」(最高のクオリティーを求められるイベントでまず声がかかるハイランクのミュージシャン)のクワイアーだ。
そのようなクワイアーが他に無いのは、無論、彼らのパフォーマンスとサウンドのクオリティーの高さが第一の理由だろう。
だが、それ以上に、彼らの発するメッセージが「教会」でだけ通じるものではなく、「世界」に通じるものである事が大きく影響している事が考えられる。
ゲイリー & SOB参加アルバムの一例:
左: Batman / Prince
中央; Janet / Janet Jackson
右: Conversation Peace/Stevie Wonder
NAACP Award for Aretha Franklin, With Jordin Sparks (American Idol). ゲイリーはコンダクター。
ジミー・クリフの名曲、Many Rivers To Cross
The Gospel Songs Of Bob Dylan (1:52〜ゲイリーインタビュー)
中からではなく、外からゴスペルを包み込むメッセージ
奇妙なチャート
ゲイリー本人がスピリットに溢れたクリスチャンである事は、その楽曲や言動に息づく聖書の言葉の温かさとエネルギーから伝わって来る。
私は自らを信じる
何故なら天からの力が
私を助けてくれると知っているから
彼を賛美する言葉のいくつかで
奇跡と夢が現実になる
Sounds Of Blackness "I Believe"
しかし、明らかにゴスペル性を含んだこの楽曲は、興味深い事にbillboardのGospelチャートにはランクインせず、その代わり Dance/Club Party Musicチャートの1位(1994年5月)、そして全ジャンルにわたる「HOT 100」にもランクインしている。
君の夢を皆が無理だと言うだろう
でも空を見上げ続ける限り
どんな障害も乗り越えて行ける
Sounds Of Blackness "Optimistic"。
一方、この楽曲はゴスペルと定義するのには必須の聖書に基づく言葉を含んでいないが、グラミー「Evolution of Gospel」に収録されている。それでもやはりGospel チャートにはランクインしない中、R&B/HipHopチャートの3位(1991年8月)、Dance/Club Party Musicチャートの17位を記録している。参照
実は、こう言った楽曲を、大衆におもねる「クロスオーバー(中間色)ソング」として遠ざけるクリスチャンが、教会には決して少なくないのだ。
しかし、彼らのメッセージは止まらない。
朝日のように輝き君を癒すのは、
いつも女性の働き・・
"She Is Love"
(黒人ドメスティックバイオレンス問題協会とのタイアップソング)
しっかりしろよ、どうにかなるさ
全て、上手くいくよ
"Hold On, Change Is Coming"
インスピレーショナル
実は、彼らのやっている音楽は、"Inspirational"と呼ばれる種類のものだ。日本では耳慣れない。
聖書のメッセージから得たインスピレーションをもとに、自らの言葉で歌をつづる。賛美の言葉やキリストの名前は直接語られないケースが多い。だが、それは決して大衆におもねる為に宗教色から逃げているのではない。
確かに理解して自らの血肉とした聖なる言葉を、自らのアートとして自らの言葉で発する。こうして初めて、ゴスペルアーティストとしての成功からポピュラーアーティストの世界へと足を踏み入れる資格を持つ事が出来る。
果たしてSOBをゴスペルグループと呼べるか、また、信仰溢れる言葉こそが価値の中心とされるべきゴスペルという音楽にあって何故「黒人サウンド」である事にこだわり続けるのか、という議題に面して、ゲイリーは答える。
「原始のアフリカ文化においては、人は行動の全てに神を表した。神の音楽は、西洋文化でするように教会の中でだけ行なわれるものではない。もし一つの音楽ジャンルに自分を縛ってしまったら、(神に)与えられた経験の全てを表現する事は出来ない。」
だからこそ、サウンドとパフォーマンスの完成度で勝負して来た
Jesus!(イエス・キリスト!) と歌い叫べば、教会では歓声で迎えられる。それは時に、最も簡単に教会で歓声を得る手段でさえある。
多くのゴスペルクワイアーが教会の賛同を得る事でまずリスナーを獲得する事が必須である中、SOBがそのサウンドと独自の信念に基づいた全く違ったメソッドを歩いてこの地位を確立したのであろう事は想像に難くない。
そうして追求した演奏者としての完成度と自立性が、クオリティーが最優先されるショービジネス界の住人の注意を引き、SOBをポピュラーのトップフィールドに出入りする唯一のクワイアーとしているのだろう。
これは、時に彼らを「孤高」の、あるいはゴスペルチャートにおける「無冠」の存在としている要素でもあるのだろう。
レジェンド
確かなクリスチャンアーティストとしてのスタンスと実績を持ちながら、教会の権威に頼らずに発信する自らのメッセージを持つ、確固たる、いちアーティスト。
頼ったのは自らの音楽の独自性の追求と、その完成度。
だからこそショービジネスの最先端を、クワイアー名を掲げて闊歩する資格を持つ唯一のクワイアー、The Sounds Of Blackness。
今日、教会/ゴスペル界では洗練されたゴスペルアーティストが群雄割拠し、彼らの多くが、アメリカの「ゴスペル史」に名を残すだろう。
しかし、アメリカの「音楽史」に名を残すクワイアーがたった一つあるとしたら、それは、ゲイリー・ハインズとSounds Of Blacknessをおいて他にない。
出会い ・・「禅」の一文字
Billboard Live での出会い
Billboard Live TokyoでのSounds Of Blacknessのライブは他のどんな来日アーティストよりハイクオリティーで、強烈で、最高だった。
ライブの後、サイン会の為に着替えて客席に現れたゲイリーのTシャツは僕を驚かせた。彼の胸には大きく「禅」という筆文字が描かれていたのだ。
SOBを"R&Bグループ"と捉える多くの日本人にとっては、ただ単に日本人サービスの一つに見えただろう。ゴスペルグループだと思って足を運んだクリスチャンの一部は、彼がその文字の意味を正確に知らないか、もしくはクリスチャンとしてちゃらんぽらんだと思ったかもしれない。
失礼な質問
僕はゲイリーに近寄っていってipodケースの裏にサインしてもらい、ありがとうと言って立ち去ろうとし、一歩引いてから立ち止まり、その一歩を戻って、決心して尋ねた。
「失礼ですが、意味を分かって着ていらっしゃるんですか?」
まさに失礼なその質問に踏み切る衝動を、僕は押さえられなかった。アメリカ人は自分で意味がよく分かっていない漢字を身につけたりタトゥーにしたりする事が時折ある。意味が分かっているなら、日本人サービス、という理由で異教の教えを身につけるゴスペルアーティストはいない。日本人の人気はとれても、クリスチャン仲間を失ってしまうし、神はそんな事を喜ばないと考えている。
ゲイリーは笑顔で答えてくれた。「勿論知っている。仏教における精神の平和に至る為の道の事だ。我々はみな兄弟として平和な世界を造っていかなくてはならない。」
希望と、交信の始まり
これほど名の売れたクリスチャンの中にもこんな人間がいるのだ、という思いに僕の心は震えた。僕の信仰のスタイルが少々通常の教会人と違う事を多少口に出せるようになっては来たが、ゴスペル人達の前でその全てを口にして受け入れてもらえると期待した事はない。
長年の黒人教会生活の中で、教会人達からは決して得られなかった期待を初めて僕はこの胸に得る事が出来た。
僕は、我が師にして親友であるM・D・ストークス以外では、世界でたった一人惚れ込めるクワイアーディレクター、ゲイリーとの交信を始めた。
再会へ・・
Tribute To The Sounds Of Blackness
DUCの2ndアルバム、New Chaperには、Sounds Of Blacknessに捧げる、と副題を打った一つの楽曲が入っている。僕はこのアルバムをアメリカのプレス会社から直接ゲイリー本人に送ってもらった。聴いてくれたゲイリーは、大変高い評価をしてくれた上、New Chapterをゲイリー・ハインズが高く評価してくれている事を公にして構わないと言ってくれた。
メールのやりとりの中、僕自身が黒人の師匠、黒人の牧師、黒人の仲間に学んだゴスペルミュージシャンである事、しかしそれでもなおDUCがゴスペルクワイアーとは一線を画している事、それらが伝わって行く過程があった。
申し出
DUCのシングル曲「Star People」の動画を僕からゲイリーに届けた後、たった17人のこのクワイアーを指揮する為に日本へ出向く事に興味があると言うゲイリーの言葉を、にわかには信じられなかった。
DUCは単立のアーティスト・クワイアーだ。
ゴスペルの世界でよくあるように、支部を持って来日ディレクターのワークショップを大々的に広告して行なうようなクラス組織でもキリスト教会組織でもない。
僕らは確認しあった。
ゲイリーは、大きなイベントや大きなワークショップの為にではなく、それがDreamers' Union Choirであるという理由の為に来日する。
DUCは、彼が有名なディレクターの一人だからではなく、それが他の誰でもないSounds Of Blacknessのゲイリー・ハインズだからその指揮に憧れる。
この音楽の未来へ
インスピレーショナルクワイアーであるDUCが、どんなゴスペルクワイアーにも吹かせる事が出来ない風をゲイリー・ハインズと吹かせる、そのアイディアに、DUCメンバーは興奮した。
DUCとゲイリー双方の音楽キャリアに新たな章をもたらす事を祈って、2011年のワークショップ以降、僕らはコンタクトを続けている。